(9)効用かポテンシャルか
(9)効用かポテンシャルか
本文
[哺乳類の誕生]
[伝家の宝刀]
[神様のおわします現証]
[自然力による作業の限界]
[行き詰まり打開のための弁証法]
[ヨットのジグザグ前進]
[ポテンシャルへの直進の方法]
・どう見ても哺乳類は、神様が、将来それに本道を歩ませるべくお作りになった動物なのである。だが、そうは言っても、どういう分けか何時まで経(た)っても、哺乳類は、蘇轍の葉陰や岩蔭に潜(ひそ)み住むあぶれ者的生活から一歩も抜け出られなかった。
・後法優先の原則によれば、哺乳類より鳥類の方が、後で出現してくるので(始祖鳥)、神様の御期待は、哺乳類より寧ろ鳥類の方にあったのではないか、という疑問が生じてくる。だが、現在は、鳥類に付いては、生き残った恐竜だとする説が強くなって来ている。そうだとすれば、やはり、哺乳類の方が、後で出現してきた動物だったことになり、その疑問も解決する。
・神様は、1億年も待たされて痺(しびれ)を切らし、とうとう伝家の宝刀を抜いておしまいになる。6千5百万年前に有ったと考えられている大流星の落下である。
・6千5百万年前に、大流星の落下で哺乳類時代が到来したということは、この世に神様がおわしますということ、神様は全宇宙を一手に統括なさっておられるような超々巨大な存在であるということ、であるから、この世には、神様は、その神様御一神しかおられないということ、神様は、はっきりと《御意向》を持って(目的を定めて)、この地球上でのお仕事を進めておられるということ……そうしたことを見事に全部証明する、まことに重要な《現証》だったと思う。
・そしてまたこれは、神様の志向される価値が、生存の効用(淘汰論的価値)ではなく、ポテンシャルであること、即ち、適者になる力をもつ動物作りではなく、ポテンシャルの高い動物作りであることを如実に示した、決定的な《現証》てもある。
・適者である恐竜を滅ぼし、不適者に成りかけていたポテンシャルの高い哺乳類を救った。
・何故、神様は、ご希望のポテンシャルを直接追求するシステムをお作りにならずに、生存の効用(淘汰論的価値)を追及する進化システムなどを作り出されて、間接的にポテンシャルを獲得するというような、手間の掛かるやり方をなさったのだろうか?……それは、神様は、まだ、ポテンシャルを直接選択する道具を入手しておられなかったからに他ならない。実は神様は、ポテンシャルを直接選択する道具を作り出すために、生物の進化という作業をお始めになったのである。
・生物を作り出された頃、神様がお使いになれる力は、三っつの吸引力と太陽からのエネルギーしかなかったのである。エネルギーは希薄化の力であり、三っつの吸引力はその逆の濃密化の力である。実は、化合物製造までの進化は、エネルギーと三っつの吸引力だけで十分行なえる作業だった。エネルギーで、或る水準の希薄状態を作り出し、そこへ、重力という濃密化の力を働かせて天体を作る。同様、核力という濃密化の力で元素(原子)を作る。電磁力という濃密化の力で化合物(分子)を作る、という具合である。
・斜め前進の淘汰原理は、時折ポテンシャルを減少(エントロピーを増大)させるような方向を志向した進化を始めることもある。そうしたことで、淘汰原理が、ポテンシャルの追求を阻(はばむ)ようなことを始めた場合には、神様は、大流星を落下させるような強行手段も講じられている。
ここで、まずは疑問となるのが、果たして恐竜絶滅の原因となった隕石の落下が、神様が行った「伝家の宝刀」なのか、という疑問だ。
何故なら、上記にもあるように、
「神様がお使いになれる力は、三っつの吸引力と太陽からのエネルギーしかなかった」
はずなのである。ところが、ここで「隕石の落下」という現世関与を仮に神様が行ったのだとしたら、神様の力は、「三っつの吸引力と太陽からのエネルギー」を超えるものであり、さらに、神様というものが、明確に現世に関与しようとする意志を持っていた、と判断しなくてはいけない、ということになるからだ。
表題の「効用かポテンシャル」のように、神様は、その二者択一のために、本当に「隕石の落下」という現世関与を行ったのだろうか。
ここでは、僕には、そうは思えない、とだけ記しておこう。
第1章第2節あらまし
本文
[哺乳類の誕生]
[伝家の宝刀]
[神様のおわします現証]
[自然力による作業の限界]
[行き詰まり打開のための弁証法]
[ヨットのジグザグ前進]
[ポテンシャルへの直進の方法]
・どう見ても哺乳類は、神様が、将来それに本道を歩ませるべくお作りになった動物なのである。だが、そうは言っても、どういう分けか何時まで経(た)っても、哺乳類は、蘇轍の葉陰や岩蔭に潜(ひそ)み住むあぶれ者的生活から一歩も抜け出られなかった。
・後法優先の原則によれば、哺乳類より鳥類の方が、後で出現してくるので(始祖鳥)、神様の御期待は、哺乳類より寧ろ鳥類の方にあったのではないか、という疑問が生じてくる。だが、現在は、鳥類に付いては、生き残った恐竜だとする説が強くなって来ている。そうだとすれば、やはり、哺乳類の方が、後で出現してきた動物だったことになり、その疑問も解決する。
・神様は、1億年も待たされて痺(しびれ)を切らし、とうとう伝家の宝刀を抜いておしまいになる。6千5百万年前に有ったと考えられている大流星の落下である。
・6千5百万年前に、大流星の落下で哺乳類時代が到来したということは、この世に神様がおわしますということ、神様は全宇宙を一手に統括なさっておられるような超々巨大な存在であるということ、であるから、この世には、神様は、その神様御一神しかおられないということ、神様は、はっきりと《御意向》を持って(目的を定めて)、この地球上でのお仕事を進めておられるということ……そうしたことを見事に全部証明する、まことに重要な《現証》だったと思う。
・そしてまたこれは、神様の志向される価値が、生存の効用(淘汰論的価値)ではなく、ポテンシャルであること、即ち、適者になる力をもつ動物作りではなく、ポテンシャルの高い動物作りであることを如実に示した、決定的な《現証》てもある。
・適者である恐竜を滅ぼし、不適者に成りかけていたポテンシャルの高い哺乳類を救った。
・何故、神様は、ご希望のポテンシャルを直接追求するシステムをお作りにならずに、生存の効用(淘汰論的価値)を追及する進化システムなどを作り出されて、間接的にポテンシャルを獲得するというような、手間の掛かるやり方をなさったのだろうか?……それは、神様は、まだ、ポテンシャルを直接選択する道具を入手しておられなかったからに他ならない。実は神様は、ポテンシャルを直接選択する道具を作り出すために、生物の進化という作業をお始めになったのである。
・生物を作り出された頃、神様がお使いになれる力は、三っつの吸引力と太陽からのエネルギーしかなかったのである。エネルギーは希薄化の力であり、三っつの吸引力はその逆の濃密化の力である。実は、化合物製造までの進化は、エネルギーと三っつの吸引力だけで十分行なえる作業だった。エネルギーで、或る水準の希薄状態を作り出し、そこへ、重力という濃密化の力を働かせて天体を作る。同様、核力という濃密化の力で元素(原子)を作る。電磁力という濃密化の力で化合物(分子)を作る、という具合である。
・斜め前進の淘汰原理は、時折ポテンシャルを減少(エントロピーを増大)させるような方向を志向した進化を始めることもある。そうしたことで、淘汰原理が、ポテンシャルの追求を阻(はばむ)ようなことを始めた場合には、神様は、大流星を落下させるような強行手段も講じられている。
ここで、まずは疑問となるのが、果たして恐竜絶滅の原因となった隕石の落下が、神様が行った「伝家の宝刀」なのか、という疑問だ。
何故なら、上記にもあるように、
「神様がお使いになれる力は、三っつの吸引力と太陽からのエネルギーしかなかった」
はずなのである。ところが、ここで「隕石の落下」という現世関与を仮に神様が行ったのだとしたら、神様の力は、「三っつの吸引力と太陽からのエネルギー」を超えるものであり、さらに、神様というものが、明確に現世に関与しようとする意志を持っていた、と判断しなくてはいけない、ということになるからだ。
表題の「効用かポテンシャル」のように、神様は、その二者択一のために、本当に「隕石の落下」という現世関与を行ったのだろうか。
ここでは、僕には、そうは思えない、とだけ記しておこう。
第1章第2節あらまし
