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「続スピリチュアリズム入門」への感想16

 スピリチュアリズムの主張によれば、人間とは、すべて「因果律という厳格な法則」に縛られ、そして「霊界という本来の世界」からやって来るものであって、おまけに「この物質世界が霊界という永遠の世界に比べてほんの一時の場にすぎない」のであるなら、どうして、高級霊という存在は、霊界でそれを行わないで、地上の人間に対し「“人類救済・霊的刷新”の働きかけ」などを行うのであろう。
 人間は生きている間を除いては、霊であるはずである。組織的な働きを、わざわざ現代の人間に行うのならば、生まれる前の霊の段階で、救済しなければならない人間など誕生させなければいいのではないか。
 さらに言うなら、1人1人の人間に対しては、良いも悪いも「因果律という厳格な法則」があるとしながら、どうして人類全体となると「因果律という厳格な法則」ではなく、わざわざ霊界からアプローチをしなければならないような事態が生じるのか。仮に、今の人類が物質主義で滅びようとしているように見えても、それも人類全体の因果律と見ることはできないのだろうか。
 そして、もう1つ、
「霊界で自己愛を真っ先に主張する霊はいない。利他愛のみが霊界での愛の在り方なのである」
 という部分は、完全に間違いである。霊界にも、現世にも、成長要因としての利他愛も自己愛もない。成長要因としてあるのは「進化」のみである。その「進化」の行く末にあるのが「神」であるというのは、僕も認めるところだが・・・。
 僕には、こうした間違いが、どうして起こるのかが、だんだんと分かって来た。それは、スピリチュリズムも、ニューエイジも、霊界を絶対神的な見方で捉えるから、という理由でないか。霊は神ではない。神ではないからこそ、試行錯誤を行うし、成長を続けている。それは、スピリチュアリズムが言う、高級霊でも同じである。だいたい、霊に、高級とか、低級といったものは、ない。単に、人間に迷惑をかける霊を低級霊、自分勝手な教えを説くものを高級霊、と言っているだけではないのか。確かに、無茶苦茶な事を言ったり、人間に危害を加えるような霊がいるとすれば、それは迷惑な話だが、ひょっとすれば、それが、その霊にとっての「善」なのかもしれない。人間でも、様々な考えの人間がいる。霊にも様々な霊がいる、と考えた方が正しいのではないか。
 ただ、それでも、人間と霊の間には、まったく差がないのかと言えば、そうではない。例えば、人間には前世の記憶はない。だが、霊には、その記憶がある。その記憶があるからこそ、次の試行錯誤を行おうという考えも決まる。しかし、人間にも、霊にも、同じに時間が流れている。同じ時間が流れているということは、霊にも未来は完璧には分からない、ということである。しつこく言えば、だからこそ、霊は試行錯誤を行うのである。
 そこで、もう1つ、考えなければいけないのは、人間の進化である。キリストや釈迦が生まれた2000年ほど前には、世の中には進化論など存在しなかった。もちろんビッグバンの知識もなかったし、この地球に恐竜時代があったといった知識もなかった。でも、僕らは、その頃に比べれば、随分と過去の出来事を知っている。これは何も、霊のように、過去の前世の記憶をすべて持っているわけではないが、科学の進化というものが、それを可能にした。
 これを言い換えれば、人間というものは、科学の進歩によって、以前の人類に比べれば、着実に、霊に近づいている、ということである。僕は進化の目的を神になること、と書いた。だが、その神になる前に、人類は、まず霊に近づかなくてはいけない。そして、ある時点で、霊に追いつくか、追い抜くかして、その後でないと、神にはなれない。
 これは、どういうことだろうか?
 僕は、この現世というものを、霊の自己実現の場である、と考えている。現世関与をするために、宇宙創世から長い歴史を経て、霊が作ったのが、惑星であり、生命であり、人間である。その人間が霊に近づいているということを、どのように考えるのかと言えば、これは霊主肉従でも、肉主霊従でもなく、霊が目指しているのは、霊肉同一の世界ではないだろうか。とりあえず、人類が、そして霊界も、一緒になって目指しているのは、霊肉同一の世界であり、よくよく考えれば、人類の進化の方向も、それに向かって進んでいるのでは、というのが僕の考えである。
 もし、仮に、目標が霊肉同一であるなら、まだまだ人間の進化など生ぬるい。少なくとも、人類の脳か、それに替わるものが、霊が持っているだけの過去の記憶の蓄積を自由に引き出すまでに進化しなければ、霊肉同一の世界など実現できない、ということになる。ならば、この世界の方向性として、人類の脳がそれだけの進化をするか、または、それだけの知識を個人が所有できるだけのコンピュータが開発されるかの進化が、今後、なされるはずである。まあ、実際には、その方向で人類の進化は進んでいる、とも見えるのだか。
 だとすれば、スピリチュアリズムの利他愛か、ニューエイジの自己愛か、などという問題は、どうでもいいことである。それは進化とは別の範疇で、仮に、どちらの現象にも霊が関わっているとするなら、各々の霊が自分が正しいと思ったこと(=善)を、一部の人々に向かって訴えているだけに過ぎない、と言えるだろう。そうではないだろうか。

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