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「スピリチュアリズム入門」への感想3

 前回の最後に、僕は、自分としては、かなり大胆な意見として、
「仮に、これまでの霊言や霊界通信といったものに、ほんの僅かな真実が含まれているとするなら、そこから『善悪』の価値基準を抜き去らなければ、正しい姿は見えないのではないか」
 と書いた。それは、実は、この「善悪」の克服こそが、この「スピリチュアル入門」に最後に書かれた言葉、
「これからの世界・国際関係は、共同体意識を優先させ、ともに発展していくということを第一に目指さない限り、相手にされなくなっていく。お互いの国がお互いに助け合うという理念を、理想で終わらせることのできない時代になっていくのである」
 というものに対する、真理であると僕は考えるからである。
 「あとがき」には、こんな表現も書かれている。
「今日の世界的な“霊的世界”への関心の高まりは、実は霊界からの“計画的働きかけ”の反映である。偶然地上人類から、意識向上の結果として求めるようになったものではない。それは一宗教・一宗派を中心においてのものではなく、全人類を対象として進められている『人類歴史最大のビッグプロジェクト』なのである」
 では、ここで考えてみたい。僕らは、果たして、18世紀の人々よりも霊的世界に関心を持っているだろうか。さらに、キリストが生まれている時代と現代、どちらが霊的世界への関心が高いだろう。人類が文化を持ち始めた、シャーマニズムの時代と比較して、本当に、現代の方が、霊的世界への関心が高いなんて言えるのだろうか。
 僕には、ここに書かれている「人類歴史最大のビッグプロジェクト」というものが幻想であると思えて仕方がない。ここで言う、高級霊というものが、本当に“唯物主義”や“利己主義”といったものに戦いを挑むために、一大プロジェクトを組んでいるとしたら、それは高級霊と言うには、あまりに視野が狭い存在である。地球上には恐竜たちの弱肉強食の時代もあれば、人間たちによる血みどろな争いの時代もあった。異民族というだけで支配された人たちが皆殺しにあったり、宗教が異なると言うだけで、人間が悪魔と言われる時代もあった。
 それでは聞こう。本当に、この世界に悪魔はいるのか。主義主張や宗教の違いによって人間同士が殺し合いをすることは、昔と比べれば、なくなってはいないが減ってはいる。でも、共産主義者が悪魔ではないし、資本主義者が悪魔でもない。まして、宗教が異なるからと言って、悪魔という存在の人間なんて、この世にはいない。貧富の差によって死ぬ人はいるが、だからと言って、金持ちが悪魔とも言えない。犯罪者はいるが、盗人にも5分の理という言葉もあれば、精神が病気に犯されて犯罪を犯す人もいる。
 よくよく考えてみれば、悪とは、人間が作り出した幻想ではないか。
 ただ、この世界には悪に見えるものが数多く存在する。最大の悪は、例えば、あなたの存在を危うくする存在だろう。あなたを何らかの理由で殺しに来る者がいるとする。すると、あなたから見れば、あなたの存在を危うくする存在は、悪にしか思えないだろう。だが、問題は、その相手が、あなたを殺しに来る理由である。
 その理由の1つが「無知」だ。その相手が、あなたのことを知らないから、ひょっとしたら、あなたの存在が逆に、その相手の存在を脅かすかもしれないと相手が考え、相手はあなたのことを殺しに来る。相手にあるのは、「防衛という正当性」だ。そして、もう1つが、相手が存在するためという理由、例えば、あなたを食料にするためとか、あなたがいては食料が足りなくなり、相手が存在できないという理由で、相手は、あなたのことを殺そうと考える。これを僕は「必然」と呼ぶことにしたい。その場合に、相手にあるものは「生存という正当性」だ。
 つまり、あなたにとっては悪そのものに見える存在でも、相手には「無知」「必然」という理由が存在する。そして、一番重要なのは、この「無知」も「必然」も、第3者の大きな目で見れば、「悪」ではないのである。
 何故、僕が、こんな回りくどいことをグダグダと書いているのかと言うと、実は人間の歴史とは、これまでずっと、この「無知」と「必然」の克服、すなわち「悪」の克服という方向で進んできたのではないか、と言うことである。
 過去の時代には、異なる民族、異なる宗教の人間とは、お互いに「悪」と呼び合う存在だった。ところが、その原因は「無知」であり、それが克服された今では、民族が異なる、宗教が異なると言って、相手のことを「悪」と考える人はいない。さらに食料が少ない時代は、その奪い合いで人々は争っていた。しかし、農業技術の進歩などによって、まだまだ不十分ではあるが、「必然」が少しは克服されたからこそ、そうした争いというものは少なくなった。
 つまり、まだまだ不十分ではあるが、時代は着実に進歩しているし、その流れの中で、敢えて「“唯物主義”や“利己主義”」といった悪魔を作り出して、それに戦いを挑む必要など、まったく必要がないはずなのである。
 「善」を作れば、必然的に「悪」ができる。しかし、それは「幻想」である。本当に霊界と言うものが、「“唯物主義”や“利己主義”」といったものを克服したければ、そこに善悪の概念など持ち込む必要はない。善悪ではない真実を見せれば、“唯物主義”も“利己主義”も、たちどころに克服できるだろう。
 今一度、問いたい。スピリチュアリズムには、ほんの僅かな真実が含まれているのか、それとも単なるキリスト教異端派の幻想なのか。僕の最初の問いは「死後の世界の確証」だった。だが、ここまでを読んでも、霊的真理どころか、「死後の世界の確証」さえも得られない。空しさがつのるだけである。

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